奇跡体験!アンビリバボー ビートルズ初来日の際に起きた脱走劇とは?

お疲れ様です。緊急速報の芸能人ニュースが溢れすぎて頭が混乱している君色です。

今回は2018年5月24日放送、奇跡体験!アンビリバボーで放送される「世界的スターから脱走依頼!」で紹介されるビートルズの初来日についてまとめました。

1.なぜ脱走劇が起きたのか?


今から52年前、ビートルズが初来日。羽田空港に降り立った4人の映像は多くの人の記憶に残っているが、実はその中に、ジョン・レノンから人生を左右する決断を迫られた男が映っていた。ビートルズ来日中の賠償保険を、この男性が務める外資系の保険代理店が担当。さらにカメラ映えするということで、社所有のピンクのキャデラックをビートルズ来日時のスタッフ移動用に貸し出すことになったのだが、そこでまさかの事態が発生!さらに、世界的スターのジョン・レノンからの脱走依頼!?この無謀過ぎる依頼に、彼の決断は!?(Yahoo!TV欄から抜粋)

現段階では詳細があまり紹介されていないため、分かり次第追記する予定です。

ちなみに紹介文にあるピンクのキャデラックはこちら。奇抜な形の車体が昭和を彷彿とさせます。

では、ビートルズの彼らは当時、どんな状況だったのでしょうか。

2.今では考えられない厳重な警備体制


初来日に際に起きるであろう空港でのファンや記者、一般利用客の混乱に備え、ヘリコプター3機を待機させて、羽田空港から西へ約62キロ程離れた航空自衛隊基地「横田基地」へ緊急着陸ができるように手配。(今の地図だと車で約1時間半。)

さらに羽田空港・彼らが止まるホテル・沿道警備には警官3万人を動員していました。

これは世界各地で起きたビートルズ関連の騒動を聞いた日本警察の判断ですが、大きな問題は彼らが行うコンサートの『場所』でした。

3.「武道」しか行わない日本武道館でのコンサート


今では日本武道館は「ロックの殿堂」、日本だけなく世界でも日本武道館でコンサート・ライブを行うのは最高の憧れ、名誉、名声と言われる程の世界的有名な聖地ですが、そのキッカケを作ったのが彼らビートルズの日本公演です。

しかし当時の彼らには

武道館は、日本武道振興の為に作らた伝統的格闘技(相撲)の殿堂であり、そこでロック・コンサートを行うなどとは武道館の精神を冒とくし日本の若者を伝統的な価値観から堕落させる。

当時のお堅い人達に批判され、少しでも何か問題が起きれば今後何をされるか分からない状態でした。

まだ戦後20年程しか経っていない敗戦意識が残るこの時代、日本武道のために建てた殿堂なのに、異国人が足を踏みいれて異国の歌うことがものすごく屈辱に感じたのでしょう。

(しかしその伝統ある格闘技も組織自らによって価値観が堕落しているとなるのは皮肉ですね。)

そのため、ビートルズは来日中は安全確保のためにコンサート以外はホテルの部屋に缶詰状態。さらに彼らの部屋にさまざな日本のおみやげの売り場を用意し、彼らが買い物で外を出ないようにしたそうです。

しかしそれで満足しないのが人間である。警備していた警官にすぐ見つかったので問題は起きなかったが、ジョン・レノンやポールは皇居の周囲の散歩や買い物をするためにホテルから抜け出して日本を楽しんでいたそうです。

ちなみにビートルズ4人で日本を来日したのがこの日本公演が最初で最後でした。

4.解散後の彼らと日本の関係


ジョン・レノン➡現在もご存命のオノ・ヨーコと結婚し、亡くなるまで日本には何度も来日。

ポール・マッカート➡バンド「ウィングス」のコンサートのために再来日したが大麻所持で逮捕され、国外退去処分になっただけでなくバンド解散の原因となった。しかし当時ポールと同じ留置所にいたヤクザの瀧島裕介は、人づての通訳によっての会話そして名曲「イエスタデイ」の出会いにより、ヤクザからカタギへ戻ったと自叙伝を残している。

ジョージ・ハリスン➡ソロになって活動停止後、復帰のコンサートが日本であった。

リンゴ・スター➡日本のチューハイのCMに出演。1989・1995・2013・2016と日本公演を実現している。


アンビリバボーでは一体どんな脱走劇があったのか、そもそも彼らに関わった人達は一体どんな苦悩・ひらめき・結末が起きたのか。

解散しメンバーが次々亡くなっても尚、世界中から愛されているバンド「ビートルズ」。

放送にこうご期待です!!

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